メンバー増員!!イタリア支局長!!
ケイコです。
まことに勝手ながらメンバーが一人増えてます(笑)
イタリア生まれ北部の町ferrara育ちのrobertaさん!!
私はロビーと呼んでます。
私が修復学校palazzo spinelliにいた頃に出会った親友。
すごく思いやりがあって気遣いのできる本当に優しい女性です。
イタリア時代、何度彼女に助けられたか・・・
彼女は現在、Opificio delle Pietre Dure通称OPDの修復学校に通学しています。
部門はセラミック、ガラス、金属や木工品などあらゆる分野。時にはステンドグラス、彫刻も。
とてもがんばりやさんでpalazzo spinelliを卒業しトスカーナ州認定絵画修復師の資格を取得後、さらに勉強し数少ない国立の修復学校に入学。
これが狭き門で百数十人?受験するも合格枠はたった数人。しかも年によって募集人数は変わってくるし募集しない年もあるという・・・
余談ですがここの絵画修復部門ではラファエロやレオナルドダヴィンチをがしがし修復していますね。
最近ではダヴィンチの東方三博士の礼拝(L'Adorazione dei Magi)の修復を終え、ウフィッツィ美術館で企画展を行っていました。
ケイコさんとラーメン
マサコです。
我が家にケイコさんがやってきた。
(明日早起きで工房に行くため)
夜ごはんはラーメン屋さんに行きました。
見かけとちがい
「お肉大好き!チャーシュー食べたい!」
という肉食ケイコさんは、ネギチャーシューラーメンを食べていた。
よし、これで明日はがんばれるね!
今に至るまで・・・
ケイコです。はじめまして。ようやく登場です(笑)!!
マサコさんに紹介していただきましたが、改めて自己紹介したいと思います。
福島県在住。
美術とは程遠い分野で仕事してます。いわゆるリケ女。
それなのになぜ西洋絵画の模写??
そのきっかけは単純。西洋絵画が好きすぎて欲しかったから(笑)
美術館で運命の絵と出会う⇒この絵、欲しいけどポスターじゃな・・・⇒よし、描こう!!こんな感じです(笑)
模写じゃなくて自分の絵を描きなさい!とあらゆる人に言われましたが、結局模写というか西洋絵画が好きすぎてここに行きついてしまう(笑)
ヴァチカンでラファエロの「キリストの変容」を見たことで衝撃が走り、以後西洋絵画にどっぷりとはまりました。
西洋絵画に関わる仕事がしたくてイタリアのフィレンツェに絵画修復の勉強をしに2年と半年。修復の授業も楽しかったのですが、模写の授業が週に1回しかないことに不満を覚えコースを変更し、ひたすら模写にいそしんできました
アレッサンドロ(模写の先生)からアカデミアというアーティストの卵を育てる学校に入学をすすめられましたがかたくなに拒否(笑)
いつか自分の好きな絵で自分だけの美術館を作りたいというマニアックな夢を持っています(笑)
こんな私を理解してくれる、マサコさん、トモコさんに出会えたことは本当に運命だと思っている。こうやってみんなで一緒に活動していける場を作ってくれた二人には感謝です✨
イタリア留学中の話はおいおい書いていけたらと思います(^^♪
はじまりは
昨日ブログをアップしたあと、ケイコさんとトモコさんから、お!紹介されている!と反応がありました。
いずれ、お二人からの自己紹介もあるかも…と、思いつつ、今日もわたくしマサコが書いてみようと思います。
私が修復の仕事を知るきっかけとなったのが、今から30年くらい前に行われた、システィーナ礼拝堂の修復でした。
テレビで修復のドキュメンタリー番組をやっていて、絵画を修復する仕事というものがあるんだ…と初めて知ったのでした。
それからイタリア絵画に興味をもつようになったのです。
子供の頃の私はシスティーナ礼拝堂の修復について結構考えていた。
単純に汚れを取り去る作業ひとつにしても、その汚れにも歴史みたいなものがあるんじゃないか。
修復を終えたシスティーナ礼拝堂を訪れた人々が、「私が知っているシスティーナ礼拝堂ではない」と言っているのを聞いて、
きれいにするだけではいけないのか、歴史の部分をどう考え、扱えばいいのか
オリジナルの色彩を後年の人は見られないのか、保存を目的として場合何を優先させたらいいのか
子供のわりに結構考えていた。えらい。
でも、それらは今もわからない。
この間システィーナ礼拝堂を初めて見てきた。
だから改めてまた考えている日々。